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日別アーカイブ: 2025年10月15日

ケイ・オーのよもやま話~part23~

皆さんこんにちは!
有限会社ケイ・オー工業、更新担当の中西です!

~左官工事の“要(かなめ)”~

 

左官は「塗る」仕事ではない。素材の水分と鉱物の反応、下地の吸水と温湿度、骨材の粒度と鏝圧の加減、そして養生の時間を制御し、壁や床に「機能と表情」を与える統合技術である。見えている仕上げ面は氷山の一角で、出来栄えの大半は見えない工程で決まる。本稿では、現場で実効性のある視点に絞り、下地判定から配合・塗り回数・鏝運び・養生・品質検査まで、実務の勘所を体系化する。

1. 下地判定は設計図よりも優先する

同じ「モルタル下地」と書かれていても、型枠コンクリートとALC、石膏ボード、ラス、既存仕上げの上など、実体は多様だ。下地の吸水係数、表面強度、動き(伸縮・撓み)を見極めることが最初の関門である。指先での擦過、散水による吸水確認、テープによる付着試験、ハンマー打診などの簡易診断をルーティン化し、必要に応じてプライマーやシーラーの選定、フィラーの厚み、メッシュ補強の要否を決める。特に改修現場では、既存塗膜の脆弱層を残したまま上塗りすると、後年の剥離の原因となる。撤去か活かすかの判断は、面積と工程、騒音・粉塵環境、費用対効果で総合判断する。

2. 配合は机上値ではなく「現場の水」で決める

セメント、消石灰、土、骨材、繊維、顔料はいずれもロット差がある。さらに水質(水温、硬度、pH)が凝結や発色に影響する。標準配合表は出発点にすぎず、最終的には当日の気温・湿度・風・日射に応じた微調整が欠かせない。例えば漆喰では、練り水を控え、可塑剤の過多を避け、下塗り段階での吸い込みをコントロールすることで、上塗りの鏝滑りと艶の乗りが大きく変わる。土壁では粘土分と砂の比率、藁スサの長さと量が収縮ひび割れと腰に直結する。配合は紙では決まらない。必ず同日、同条件でのサンプル塗りを行い、乾燥の進み具合と表面の締まり方を確認する習慣が、後工程の安定を生む。

3. 塗り回数と下地の切り分け

一発仕上げが美しい場合もあるが、厚み確保やひび抑制、面の平滑性が求められる場合は、下塗り・中塗り・上塗りの三層構成が基本となる。下塗りは付着と吸水調整を第一目的とし、骨材はやや粗めで鍵付けを強める。中塗りは厚みと平滑の土台作り。ここで面の「骨格」を決める。上塗りは意匠と肌理の仕上げで、骨材の粒度と鏝の当て方を繊細に合わせる。各層で「必要十分の厚み」を守ることが、収縮や割れを防ぎ、乾燥時間の管理にも有利に働く。欲張った厚盛りは総じて失敗のもとである。

4. 鏝は“圧と角度と速度”の方程式

同じ鏝でも、押さえの圧、刃先角度、走らせる速度で仕上がりは一変する。金鏝押さえは面を締め、水引きを読むと同時に表情を作る。木鏝やスチール鏝、ステン鏝、樹脂鏝、引き鏝、角鏝などの使い分けは、素材の水分移動を操作するための手段である。水引き前に強く押せばノロが浮き、後に押せば艶は乗るが焼けやすい。角の扱いは特に繊細で、出隅は角を立てすぎず僅かなアールを意識すると割れにくい。鏝筋を消したいのか、あえて残して光を散らすのか、意匠の意図に応じた鏝運びを設計段階で共有しておくべきだ。

5. 養生は“仕上げの一部”

左官の不具合の多くは、塗る技術ではなく、乾燥過程の管理不足に起因する。直射日光、強風、低温・高湿、乾燥急激化はいずれも敵であり、適度な通風と遮光、霜除け、加湿や散水などの環境制御が必要だ。特に冬季の外部は、夜間の急激な冷え込みで結露が生じ、表層の白華や粉吹きの原因となる。内部でも空調の強運転は乾燥ムラを生み、色ムラ・艶ムラ・ひびの原因になる。養生期間を工程表に“日”でなく“条件”として記載し、気象条件で変更できる余地を確保するのが実務的だ。

6. 品質検査と合否基準の言語化

左官仕上げは感覚評価に寄りがちだが、定着・平滑・色・艶・ひび・欠け・寸法など、数値や手順で評価できる部分は多い。付着試験や引張強度、含水率計による乾燥確認、照度・方向を揃えた観察、打診による浮きの検出、赤外線での含水ムラ把握など、手段は揃っている。特に意匠仕上げでは、モックアップ段階で合否基準を現物写真とともに取り決め、許容されるムラと許容されないムラを関係者で共通化しておく。完成引渡しの検査は一発勝負にしない。養生明け直後、空調作動後、家具搬入後の擦傷チェックと、時間差検査を組み込むと、後日の齟齬が減る。

7. 下地の動きとクラック対策

構造クラックと仕上げクラックは由来が異なる。躯体の収縮・温度応力・乾燥収縮によるものは、仕上げで“隠す”より“逃がす”発想が必要だ。目地や可動ジョイント、メッシュの挿入、下地の補修と再評価など、原因に対して構造的に手を打つ。微細ひびに対しては微弾性フィラーで追随性を確保できるが、意匠と相反する場合は再考を要する。土壁や漆喰の微細なひびは表情と捉えられることもあるが、居住者の理解と期待値調整が前提だ。技術だけでなく、説明責任も品質の一部である。

8. 材料選定と環境配慮

セメント系は強度と耐久に優れるが、アルカリ性と白華への配慮がいる。石灰・土は調湿性と質感が魅力だが、乾燥管理と厚みの設計が要点となる。近年は珪藻土やシリカ系、ポリマー改質材、繊維補強材、ケースバイケースで性能と意匠の両立を図れる。環境面では、廃材の分別と残材の再練り、洗い水のpH中和、粉塵対策、VOCの少ない材料選択など、作業プロセスに落とし込む。左官ほど現地生産の比率が高い工種は少ない。現場の環境配慮は直接的に地域の生活に響く。

9. 人材育成と段取り文化

左官は“手”を磨く仕事だが、段取りと記録で“場”を整える仕事でもある。日々の温湿度・風・日射の記録、配合と練り時間、鏝押さえのタイミング、乾燥条件と不具合発生の相関をログ化し、次の現場に活かす。新人には「面を作る練習」と「角を守る練習」を分け、道具の当て方と圧の範囲を身体で覚えさせる。暗黙知を短い動画や写真で共有し、標準化と個性のバランスを取る。仕上げの美は個の技術から生まれるが、品確の安定は組織の文化から生まれる。

10. まとめ

左官の本質は、素材・水・時間の制御である。下地判定、配合、層構成、鏝運び、養生、検査——連なる決定の質がそのまま面に現れる。見えない工程を見える化し、条件を整える。左官は工事の最後に出てくるが、考えるべきことは最初から存在している。次の現場では、まず「下地と環境」を言語化することから始めてみたい。それが仕上がりの確率を劇的に上げる最短ルートである。

 

 

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